4年後

 

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あなたとの運命を確信したあの日から4年が経ちました。わたしも、世界も、あれからすっかり変わり果ててしまった今日、いかがお過ごしでしょうか?

 

私があなたを諦めてからなにもかも変わってしまったけれど、今年もまたこうしてあなたに読まれることのないラブレターをしたためています。

今年もあなたがわたしにとって世界でいちばん好きなひとであることにやっぱり変わりはありませんでした。将来のことは約束できないけれど、きっとずっとそうかもしれないと思ってさえいます。

まずは一年後の今日にまた答え合わせをしましょう。

 

きっとこれからもきらきらしたもう戻れない過去に縋りついて、毎年カレンダーの8月8日を見かけるたびに胸がぎゅっとなって泣きたくなるようなそんな日々を生きていくのです。

わたしがどう生きていようが、関係なく健やかに輝いているあなたのことを、これからもずっと大切に思っています。

 

かけがえのない世界でいちばんのあなたへ、お誕生日おめでとうございます。

 

2022.8.8

 

20220325

 

未来の自分の為に、今日という素晴らしい日の、この気持ちを記録として書き記しておきましょう。

 

始まりは、電流が走るかのような、一目惚れだなんてそんな運命的な出会いではありませんでした。

彼の セクシーで ロイヤルで 美しい「舘様」というキャラクターとは裏腹に、日向に咲く野の花のように 素朴で可憐な微笑み。かと思えば、大きな口を開けて豪快に笑う等身大の姿。知れば知るほど、思慮深く 器の大きい人だと気づいてしまうのです。そして気づいたときには、もう手遅れなのです。

あなたの誕生日なのに、あなたを応援する人へおめでとうと言ってくれる。

あなたが機嫌良く笑ってくれればそれだけで充分なのに、あなたを応援する人が笑顔で幸せに過ごせるようにと言ってくれる。

そんな愛に溢れたあなたを好きにならずにはいられないのです。

愛し合おう と言ってくれるあなたの手を取らずにはいられないのです。

 

あなたの進む道が、晴れでも雨でも、あなたが納得できるものであればそれがわたしの幸せです。

でも、できればあなたが自分自身を世界一最高な人間だと思ってもらいたくて、精一杯の心を込めて今日も私は祈ります。

愛は祈りだから。

 

お誕生日おめでとうございます。

 

 

盛夏の候、貴方はいかがお過ごしでしょうか。

 

運命だったあの日から2年が経ったらしい。あの日から、全てが変わってしまった。彼女は変わらないだろう。彼女を見つけることができなくなってしまった。世界はあっけない。

 

蓮の花が見頃を迎えている。春は桜を、夏は蓮を、盛りを迎えた花々を見ては彼女を思い出してしまう。

蓮は慈悲の象徴である。桜のような華やかさは持ち合わせないが、音を立てて綻ぶ姿は力強い。わたしは何よりも彼女の慈悲深さを愛している。彼女の言葉の端々に感じられる愛、彼女の力強い姿を愛している。

だが、それを感じることが今は叶わない。だが、蓮はどんな環境だろうと、咲く。世界がどうなろうが、今も変わらないだろう彼女に想いを馳せる。

いつだってわたしは祈ることしかできない。祈りに力はない。わたしが祈れば、また、わたしたちがみんなで祈れば、どうにかなったり、そんなことは起きない。それにきっともう元通りにはならない。それでもわたしは祈らないわけにはいかない。

貴方が、貴方をとりまくすべてが、どうかご無事で、どうか健やかでありますように。わたしの知らない、わたしの及ばないところで、変わらずに、陽の当たるあたたかな道を歩む貴方を思って、わたしは今日も祈っています。

 

 

親愛なる貴方へ

お誕生日おめでとうございます。

 

8月8日

 

運命の出会いを果たし、クリアアサヒを片手にほろ酔いの、または半ば放心状態であったあの日から、丸1年が経ったらしい。

 

 

真っ暗な谷底へ突き落とされ、光を辿って見上げると崖の上から微笑んでいたのは彼女だった。愛だと思った。なるほどここが愛の地獄。彼女の言った通りだ。恋ならとっくに始まってる…

静かに揺らめく青い炎のように、全てを覆う深い霧のように、妖しく光る白目に射抜かれて、私は狂おしい恋と出会ってしまった。

 

熱しやすく超冷めやすい私の、この1年間が彼女と共にあったことが信じられない。信仰心とはそういうものなのだろうか。たった今信仰に例えたが、この想いはそれとは異なる。そして、いつかくるであろう終わりを予感しながら今日もまた絶望している。

 

真っ白なものは汚したくなるなんて嘘だ。出来ることなら、滅菌されたショーケースにでも入れて真白なまま誰からも触れられないように大切に閉じ込めておきたい。

嘘。どう生きようが彼女の人生なので、どうぞ勝手にしてほしい。そこに他人の意見は必要ない。彼女が自分勝手に生きたところで、心配することなんてこれっぽっちもない。いつだって彼女は必ず正しい。

全てが自分とかけ離れているところが、この上なく魅力的で、それでいてこの上なく嫉ましい。彼女を思うと決まって死にたくなってしまうのだ。そしていつだって私を救うのは彼女の誠実さだった。

私の生死に関係なく清らかに佇む彼女が、今日もとても愛おしい。

 

 

おわりに

あなたを照らす光になりたいなんて、大それた願いはありません。これからあなたがゆく明るい未来に降りかかる不幸は全て、あなたの知らないところで私が身代わりになりましょう。私の未来にもきっと降り注ぐはずの幸せは全て、あなたと共にあります。あなたのゆく道がこの世で最も清く正しく美しい世界でありますように。

 

親愛なるあなたへ、お誕生日おめでとうございます。

 

 

フィクション

 

私はその人に対して、ほとんど信仰に近い愛をもっていたのです。

私が宗教だけに用いるこの言葉を、若い女に応用するのをみて、貴方は変に思うかも知れませんが、私は今でも固く信じているのです。本当の愛は宗教心とそう違ったものでないという事を固く信じているのです。私はお嬢さんの顔を見るたびに、自分が美くしくなるような心持がしました。

夏目漱石こゝろ」より)

 

お嬢さん、もとい、彼女を好きでいる時の私は、それは輝いていて、いっとう可愛いと思う。彼女の存在は、潤いであり、祈りであり、また暗示でもある。

しかし、必要と言って、不必要でもある。これは化粧や着替えと似ている。より良い自分でいるために必要なのだ。娯楽というものは人生をより朗らかに生きる為の飾り付けのようなものだ。彼女の存在が、私をより美しくさせていることは間違いない。外見をというよりは、魂レベルで。気高い気分が自分に乗り移ってくる。清らかな彼女に触れればいつだって私は浄化されるのだ。(スピリチュアルブログではないよ!)

 

彼女を想う気持ちは、信仰のようなそれと言っても間違いではないだろう。しかし、それは虚像のようなもので、彼女自身というよりは、概念としての彼女を、架空の「芸名としての彼女」を信仰しているにすぎない。いわば偶像崇拝である。

信仰とは、信頼だ。私は世界を彩る彼女の感性に全幅の信頼を寄せている。または、あの時彼女を好きだと思った自分自身の直感を信頼しているとも言える。

演出上、オーダーは下敷きとして存在する。言ってしまえば演出意図に沿っていて表面上正解であれば、それで良いのだ。役を作るのは、良くも悪くも彼女のみである。だからこそ、彼女だけが絶対的に正しい。そこに他人や自分の感情や解釈は必要ない。

とは言え、これは信仰であって、妄信ではない。そもそも信仰でもないが。

 

この頃多くの雑誌に彼女が掲載されている。それを手にした日の夜は彼女の夢を見た。勿論夢の中でも立場は変わらず私は彼女のファンだった。

 

ファムファタール

破滅を招く存在ではないが(現実、預金残高は常に勝手に破滅している)、彼女は甘い毒のようでたびたび私を狂わせる。他人との比較ではなく、彼女はきっとこの世で最も美しい。見た目だとかそんな話ではないし、そもそも唯一を他と比べる意味もない。たまに私が作り出した都合のいい幻想なのでは?と訳の分からないことを考えてしまう程なのだ。夢の続きだろうか?

恋は罪悪。さすれば向かうのは地獄と言ったところか。バーチャル信仰シミュレーション、地獄エンド。でも、もしかしたら本当に永い夢の途中なのかもしれない。

夢だとすれば、彼女に会いに行く為だけに新調した素敵なお洋服や、とびっきりのお化粧や、お気に入りの甘い香りのパルファンは、変身のための魔法アイテム*1なのだ。そして、それらを身につけ魔法にかけられた私は彼女に会うべく城*2へ向かう。美しいシンデレラは彼女の役割だが、魔法が解けるのは脇役の私が夢の城である劇場を後にするときだ。(城のエントランスのピアノがひとりでに演奏されるのもきっと魔法なんだと思う。)

 

恋だの愛だのと表現すると、実体があるような、生々しいような気がするが、私の気持ちはおそらく信仰に近いものなのだ。それこそ魔法のような、夢のような、非現実的であって、またこれほど現実的なことはない。気高いものなのだ。多分。

いつだって私に夢を見せてくれる彼女の夢が、きっと叶うよう、私は祈る。

清らかで、健やかで、朗らかでいてほしくて、私は祈る。

彼女が、彼女自身を世界でいちばん最高で素敵で幸福な人だと思ってくれるよう、私は祈る。

居ても居なくても何も変わらないような私だが、祈らずにはいられない。

愛は祈りだから。

 

 

*1:魔法アイテムもといバトル装備

*2:初めて大劇場のロビーを見た時城じゃんと思った、し、須王環の家のようだとも思った

ロミオとジュリエット

 

ロミオ&ジュリエット

初日の幕が上がりました。

 

とても思い入れのある作品に、とても思い入れのある方が出演するということで、初日のチケットがとれました。運命〜〜!

 

ロミオとジュリエット、というと、名前くらいは知ってる、でも内容はよく知らない。…という状態で(ちゃんと戯曲と映画で予習した)初めて観に行ったのが2014年8月、蜷川幸雄演出 オールメールロミオとジュリエットだった。

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次に観たのは、友人に誘われた2017年1月、小池修一郎による新演出版。

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そして今回、2019年2月。ロミオとジュリエット再演である。

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戯曲を読み込み、オリヴィアハッセー主演の映画も観た。というわけで、とにかく、ロミオとジュリエットという作品の虜になっていたのだ。

 

心中こそ愛の極致。

愛の為に死を求める者の美しさ。

 

紗幕にlove or dieって映し出されているのだけど、小池先生は何を思ってそれをつけたのか教えてください。love or dieをシンプルに訳すと「愛か死か」ってところかなと思うんですが、ロミオとジュリエットにとっては愛は死、つまりlove = die なのでは?解釈違いか?

演出家との解釈違いが僕は怖い…

 

 

主人公ロミオは、冒頭で「僕は怖い」と歌う。死ぬのが怖い。愚かな争いの先に待ち受けるのは幸せな未来ではない。

そして、モンタギュー家の、幼馴染3人組が愛おしくてたまらない。マーキューシオはだいぶイかれたキャラクターとして演じられていた。もっとまともではなかった?あんなに情緒不安定だったか?サイコパスというか、狂気的というか。たびたびナイフをチラつかせ、ベンヴォーリオに止められる。かと思ったら普通の若者かのように話し出す。(これが本人の意図による二面性なのか、人物の一貫性のなさなのかは分からない)

ベンヴォーリオはこの3人の中では最も「おとな」な振る舞いが見られた。長く一緒にいるなかで確立された彼のポジションといった感じ。が、女の子に言い寄られてムヒムヒしている姿は可愛い。あとさすが新演出版というだけあってだいぶ現代的なんだけど(別に褒めてない)、彼はフリック入力ではなく、トグル入力だった。ぽちぽちしてる!ガラケーかよ!え?可愛い〜〜!!!!

今まで見たどの3人組よりも、結びつき、というか、一緒に育ってきた幼馴染の独特の雰囲気を感じた。小池先生の意図する「普遍性」が現れていた、と言えば聞こえが良いのかな。なんとなくどこにでもいるような感じ。それが良い意味で私は好きだったんだけど、これが贔屓目というものなのか……

 

一番好きな作品に、一番好きな彼が出る。それだけでしあわせだなあと思いながら見ていたけど、「世界の王」を歌われたらもうダメだった。

そう!彼らが世界の中心で、彼らが王!説得力。だって世界一かっこいいもん。いくらくだらなく見えても、必死で生きてて、若さゆえに自分たちが世界の王だなんて言っちゃう。世界を知らないから。彼らはきっとヴェローナしか知らない、ヴェローナこそが世界。青春だね。彼らのいたずらっぽい年相応な表情が、これから起こる悲劇をよりドラマティックに演出するのだ。

そして、ロミオは運命の女の子、ジュリエットに出会う。そして、彼女の為なら死んでもいい、なんて言い出す。僕は怖い、からの急な掌返し。

天使のような顔をして俺たちを裏切るのかと嘆く、ベンヴォーリオの悲しい顔が印象的だった。

 

の、前のシーンの、バルコニー。からの結婚式。今年の夏にウエストサイドストーリーを見たもんだからマリアとトニーを思い出してしまった。

ジュリエットが乳母から薔薇を受け取って言う、「愛の花だわ!」で号泣。エメで一生泣いてた。エメがいちばん好きなナンバーです。乳母が二人だけの結婚式を眺めて目元の涙をぬぐっているのを見てまた泣いた。そんなもん泣く。

 

そしてまあなんやかんやあって、再びモンタギューとキャピュレットは対立する。

そしてなんかこの時の後ろの映像〜〜!

キャピュレットが現れるとカッケービルディングが立ち並ぶ。それで争いが始まるとビルのひとつがぶっ飛ぶ。ウケる。

それで、マーキューシオは怒り狂ったティボルトに刺される。息も絶え絶えなマーキューシオはベンヴォーリオの胸に背を預け、ベンヴォーリオは彼を抱きかかえ、泣きながら手を握る。そしてマーキューシオはベンヴォーリオに抱かれたまま死を迎える。

その光景が、もうとってもグッときてしまった。というのもあの悪ガキ2人だからだ。マーキューシオとベンヴォーリオではなく、彼らを演じる役者を想ってエモーショナルな気持ちになってしまったのだ。悪い癖だ。

僕を置いていかないでくれ。

切ない!!!!!!!!

そして、愛する友を失ったロミオは逆上し、ティボルトを刺してしまう。怒りと悲しみに震えるベンヴォーリオだったが、我に帰り憔悴していたロミオを支える。

その姿の、綺麗なこと。

ここね、本当に綺麗だったの。二人は座ったままで。ベンヴォーリオが後ろからロミオを抱いて、ロミオは抱かれた腕に自分の手を重ね、その手をまたベンヴォーリオが握る。ちょっと上手に説明できない。

ただの親しい友ではない。幼い頃から同じように育ち、見守ってきた関係性が見てとれるのだ。ベンヴォーリオは甘やかされて育ったロミオをきっと弟のように守ってきたんだろうな。

ベンヴォーリオの快活な姿、怒りに燃える顔や、相手を嘲る顔、悲しみに歪む顔、歌声、全てが刺さってしょうがなかった。だってこんなに感情の振れ幅が大きい役見たことなかった。長く見てきたぶん、こんなに頑張ってるんだな…と思って泣いちゃった。好きじゃん…

今回ダブルキャストなので(もしかして初めて?)他人と比べられてしまうかもしれない。でもそれがダブルキャストの良さでもある。眼の肥えたミュージカルファンには彼の姿はどう映るのだろうか。

 

褒めすぎかな?でも途中、ロミオにもティボルトにもなれないかもしれない、今までなら主演を張れていたけど、このまま0番に立つことは難しいのかも、なんて思いながら観てしまった。だけど、彼の不完全さも含めて全肯定しているオタクなので許してください。批判や説教がしたいわけではない。悲観でも否定でもなく、現状だけを受け入れていくしかない。

もう降りたし…とおもって一枚しかチケット持ってなかったのめちゃくちゃ後悔〜〜!最初のシーンからもう一番かっこよかった。いろんなパターンで見たい。

オタク!みんな見て!!わたしの友達みんなに見せたい。彼を見てほしい!って気持ちになれて、とっても幸せだなあ〜〜。彼に費やした全ては間違いなかったって、再確認できて、とっても嬉しかった。

今後も彼の舞台に立つ姿を見て、毎度のことながら、新鮮に感動するんだと思う。

 

 

バンザーイ!!!君に会えてよかった!!!!

 

 

愛を乞う

 

 

ファントム閉幕!おめでとうございました!

千秋楽前からちまちま書いていたのになかなかまとまらず、時差たっぷりで更新してしまった…しかも結局まとまらなくて5000字超えた。推敲能力が無

愛とは、信仰心とは、なんだか考えさせられる作品でした。

エリックとクリスティーヌのお着替えもいっぱいあって、舞台の端から端まで愛でいっぱいで、正直すべてを見きれなかったために後悔が残りました。Blu-rayを見て初めて知ったことばかりだった、私は何を見ていたのか。

そして、音楽演出や舞台転換がわりと好きでした。映像演出については以前から苦手で、映像の占める比重が大きければ大きいほど無理だから、やっぱり絶妙にダサくて苦手だったなあ…特にmy mother bore me銀橋渡りの背景映像。もはや一周回って面白い。舞台作品に映像は必要なのかしら。

 

以下、公演中に書き留めたメモと円盤映像を元にした私の解釈による感想です。全ての文末に ※個人の感想です の注釈を付けたい。

 

 

エリック

どうしてこの世に生まれてきたのだろう、と歌っているわりに、エリックは生まれてから死ぬまで、ずっと愛されている。

彼は、「オペラ座のファントム」として権力を握っていた。あの時代における社交場オペラ座の価値は相当なはず(貴族中心から労働者階級へ移り変わることにはなったけど)だけど、キャリエールと共謀して取り仕切っていたようなものだし。パパが支配人で良かったね…

歌手として表舞台に立ったり、他の人のように等しく愛されること以外は彼にとって生きるに値しない絶望なのかもしれないけれど、あれだけ愛されておいて、よくよく考えたらエリックってそんなに不幸せなのか?って思ったり…まあこれは私の幸せの価値観による感覚や、外から彼の人生を観客として見るからこその視点なのかも。

従者に対して「僕がしてやらなきゃ」みたいなことを言ったり、クリスティーヌに対して「君の為に生きる」「君を守る」と歌ったり、基本的に自己肯定感が強い。愛を受けて育たないと、自尊心も育たない。

「僕の叫びを聞いてくれ」、彼は自分を暖かく迎えてくれる場所は無いと悟り、諦めながらも求めずにはいられなかった。なぜなら愛のあたたかさを知ってしまっているから。偶然が重なり出会えたのがたまたまクリスティーヌだっただけで、母のような愛を与えてくれる者なら他の登場人物の誰でも良かったのだと思う。運命の二人というよりも、偶然出会った二人という表現が私にはしっくりくるような気がする。

キャリエールだって始めこそ距離はあったもののエリックを見捨てることはせず、父親として、出来ることは全てしてやっていたと思う。それはベラドーヴァとエリックへの償いだったのかもしれないけど、ラストの二人の関係性は確かに愛だった。過剰に与えすぎたせいでエリックは欲望への歯止めが効かなくなったけど…与えすぎて腐らせてしまうのは愛と呼ぶのにふさわしいのか?

そしてキャリエールはいつか来る終わり(破滅?)を予感していて、終わらせるのは自らの手でなくてはいけないと分かっていたらしい。死によって完成される美。エリックにとって唯一の救いが、クリスティーヌではなく、キャリエールで良かった。

人々が噂し恐れている「怪人」は、彼の愛する父と、愛する女の子と、従者、その他大勢の人に看取られてこの世を去り、ようやくオペラ座の真実は明かされた。怪人も所詮はただの人間で、誰かの愛しい子であったのだ。

 

キャリエール

キャリエール、というよりも、彩風さんの演じるキャリエールが、めちゃくちゃ好きでした。特にビストロ。クリスティーヌの歌を初めて聞いた時の天を仰ぎながら喜びを噛みしめる顔が、エリックのそれと同じなんですよね。そっくり。あとパリメロでクリスティーヌとエリックがデュエットしてたかと思いきや、伯爵とキャリエールがデュエットするのが狂おしいほど好き。めちゃくちゃ面白い。ビストロのキャリエールアングルが欲しい〜!!!

その後クリスティーヌに「貴女の声を聞いてある人のことを思い出した」って言うの、デリカシーないおじさんで好き。褒めてるつもりなのか?クリスティーヌがそういうの地雷じゃなくて助かったね

あと、事あるごとに「エリック…!」と声に出しちゃうキャリエールとても可愛い。よく最後までバレませんでしたね。エリックがジェラルドとファーストネームで呼ぶのが好きだった。二人しか知らない、二人にしかわからない、二人だけの世界。

彼は敬虔なクリスチャンで、故にこの悲劇が起きた。信仰心の無い私には分からない世界だけど。彼こそエリックが怪人たる元凶なのである。

ベラドーヴァと出会ってから子供ができるまでかなり時間があるように思えるのだけど(彼女と出会ったのが18歳で、すぐに惹かれ合って、エリックが生まれるのが27歳くらい?)、既婚という真実を打ち明ける誠実さは、臆病さ故の保身に負けてしまったのか。

彼がとんだ大悪党であったならば憎めたものの、それ以外では彼は愛情深く有能で人望の厚い男だ。ベラドーヴァと出会う前の18歳の時点で既に愛のない結婚をして、お別れをしていたと考えると、初恋の彼女に事実を言い出せない気持ちも理解できなくもない。というか、ただ純粋に惹かれ合って目の前の彼女だけを追いかけていたとしたら、今のことしか考えられないよなあ、若いし。情状酌量

まあその隠していた期間が長くない?って話だけど、彼にとって手放せる相手ではなく、信仰心と結びつけるとまたややこしくなってしまうのね。ベラドーヴァのこと、子供のこと、彼のご家族は認知していたのだろうか。そんなことはストーリーには関係ないのだけれど。

当時オペラ座支配人見習いだったということは、学ぶのに充分な知性や家柄があったはず。それなのに彼は眉尻が下がったような優しい表情で彼女に、どうして僕を愛してくれるんだ?と聞く。どこか自信がないような、後ろめたいような、彼の優しさが表れる。怖かったんだろう、臆病だから。そしてベラドーヴァは歌ってしまった、愛の為に。暖かな秋の日に小川のほとりで聴いた奇跡のような歌声を、彼もまた、クリスティーヌに重ね合わせていた。

いくら望まれたといって愛する息子を殺すなんて普通はしない。けど彼はそれをした。愛する神を裏切ってまでも、彼の意思で。すべては愛の力。28年という長い歳月が育てた彼のエリックへの愛がとても美しかった。死が愛を分かつのではなく、死が二人を結んだ。

 

ベラドーヴァ

愛は祈りだ。彼女は祈った。エリックは「人は愛や喜びのために歌うのであって、何かを手に入れるために歌ってはいけない」と言っていた。これはおそらく母の受け売りなのだろうと思いながら聞いていた。彼女が歌ったのは、支配人見習いである彼に自らの歌声をアピールするためではなく、愛の為だった。その後歌手としてパリの花形になったのはおそらくキャリエールの力なので、まあここは若干腑に落ちない。彼女のキャリエールへの愛が、彼の中で商売に直結?変換?されてしまったようでなんかもやっとしてしまった…それこそ自分の歌声を売り込むために歌ったと勘違いする人が現れても不自然ではない。キャリエールと解釈違いが起きた…

ベラドーヴァが笑顔で歌い上げる、私の歌声が生んだ天使、というのがあまりにも切ない。母親の無償の愛と父親の感情が対照的なようで悲しくなった。キャリエール…お前という奴は…エリックストーリーもキャリエールによる回想だから絶対彼の都合良いように解釈されてるでしょ、ベラドーヴァ、真実を教えて〜〜!

私はファントムのキャラクターの中でベラドーヴァがいちばんすき。幸せそうなのにどこかからっぽなようで儚く、それがとても美しい。母は強く美しいな

 

クリスティー

クリスティーヌについて、私にとって最も感情移入のできない人物だった。キャラクターの書き込みの少なさが原因だったように思う。農場育ちの少女が、突然パリの街に曲を売りに現れる。クリスティーヌはパリからどのくらい離れた場所に生まれ、どのように育ったのか。

夜のために着替えのナンバーでは、下手からちょこちょこと現れて銀橋を渡り、オペラ座を見つけたときのキラキラした目をするクリスティーヌがとても愛らしい。真彩希帆さ〜ん!!最高。ここもっと注目すれば良かったな〜後ろばっかり見てました。映像入ってて良かった。

 

シャンドン伯爵

クリスティーヌを探すときに歌う曲の的外れ感というか、自己満感がすごい。きっとクリスティーヌは僕を求めて怯えているのだと、自信に溢れた伯爵が可哀想で仕方ない。愛おしい彼女はあの悍ましい怪人に愛情を感じているというのに。明るく世界で生きる彼には、当然闇は見えていないのだ。あんなに華やかで麗しく人々の羨望や尊敬の対象である彼が、空回って見える。まあそう感じるのは全てを知る観客のみですが。全てを手に入れられる彼だからこそ切なく感じた。

そしてわたしはAパターンの彩凪さんフィリップが好き。他人を小馬鹿にしたような嫌味な感じや野心丸出しな感じも、ソレリを無下にしている感じもなく、お上品で紳士的。人との距離感が絶妙。彩凪さんは両手に女性を抱える役が似合うね

 

アラン・ショレ

タイミング的にAパターン(朝美さんver.)ばかり見ていたので、A寄りのショレ像です。タイターニアでクリスティーヌが歌えなくなった理由が、自分の愛する妻が毒を盛ったからだと、もし気付いていたらどうしてたんだろう。きっと可愛い子を苛めていることには気づいていたんだろうなあ。ビジネス?愛?いくら溺愛しているといったって、ショレの倫理観とそれに基づく行動に興味がありました。まあ当然描かれませんが。彼はカルロッタのどこに愛情を感じているのだろうね

全然関係ないけどフーガでちゃっかり踊り出すショレめっちゃ可愛くて好き 

 

 

従者

そしてファントムを語る上で欠かせないのが従者。ファントム然り、確かに人間として存在しているはずなのに、なんだかそうでないような、不思議な存在。でもお衣装がお揃いなのが可愛いし、ビストロではちゃんと正装なので可愛い。大事にされてる。彼らが命を懸けてエリックを守ろうとする姿が今作品上最も泣けるポイントでした。だって元々戦闘能力に長けていたような子たちではなさそうだし…エリックを愛しているからこその捨て身の愛を感じて泣けた。あとはフーガであゆみさんとひーこさんがセンターでシンメになるのがはちゃめちゃに好きだった。かっこいい!!!!

エリックが亡くなり、彼らはどうなるのか。おそらく今までのようにキャリエールがどうにかしてくれると思うが、エリックの為に生きた彼らが、主人である彼を失ったらもう従者ではなくなる。エリックがもしこの先も生きていたとしたら従者が追加されることはあったのだろうか。浮浪者、どうやって拾ってきてたんだろうね。見境なく連れてきてたわけでないだろうし。

エリックやクリスティーヌの衣装を作ったり、エリックが僕の領地と呼ぶあれを作ったのもきっと従者ですよね?エリックが鳥だと思っているのはあがたくんなの?笑 あれはなにを表しているのだろうか?従者たちは健気で可愛いね。彼らもまた愛に生きる幸せな浮浪者、なのかな〜

クリスティーヌに逃げられて森を作っていた布が落ちて、この森もクリスティーヌの愛も全て幻だったのかと気付いたかのようなエリックの表情が切なくて好きでした。

 

 

個人的にすきだったあれこれ

・団員のバレリーナ

すごい!かわいい!華やか!すき……ののかひまりちゃんのフェッテめっちゃ綺麗〜!天才。

・代役たっちージャンクロード

「こちらへおいで」の言い方がめちゃくちゃ愛に溢れていて好き!!!!となりました。ジャンクローーーード!!!!毎回たっちーばっかり見てて真ん中見逃す、あるある。ジャンクロード本役の奏乃副組長は猫の恩返しの猫王みたいなビジュアルで好き

・おーじくん警官

キャピキャピ生き生きしててどんどんオタク出してきてて笑いました。凸るし結果構ってもらってるし同担だったら嫌なタイプのオタクだった…リシャール様のウインクおこぼれ貰えたので許します。

・コロス

推しコロスは陽向くん…顔を隠していても明らかにひとりヤバイ奴がいて絶対に目を奪われてしまった。

・鳳華はるなちゃん

出会えてよかった〜〜!!!!ジジくんのダンスってなんであんなにぐっと来るのだろうか。ダンスだけじゃない。役の性格もあるだろうけど一人明らかに視覚的な情報量が多い。精神不安定な従者の色んな表情が見られて、ガンッガンに揺さぶられた。だって毎回第1幕の序で号泣…従者でいてくれてありがとうございました…次回から注目する人が増えた。最高

・天才のフィナーレ

まずギラギラスパンコールの眩しすぎる彩凪さんが現れた時点で最高。襟足ないし鮮やかなルージュがめちゃくちゃ艶っぽくてめちゃくちゃかっこいい。最高。

男役群舞。かずみぼーい先生は天才。大階段でキザりまくる下級生が最高。

パリメロ歌い継ぎ中詰(?)、大階段に娘役がずらっと並んでの美しいスカートさばき…最高。

クリスティーa.k.a.彩風さん銀橋ソロ、本編でヒゲ付けてたせいでヒゲなくなっても若干鼻の下伸び気味なのマジで愛おしい、最高。

ショレ朝美さんの階段降りなんかめちゃくちゃ良くて感動しちゃった。パレードの歌割りも役替わりなのとても良い。最高。

良い舞台を見せてもらったのに返せるものが何も無いな

 

このエントリを書くにあたって毎日のように映像を見ているけれど円盤はムラ収録だから東京の記憶が上書きされそうで怖い。

心残りは従者茶に参加しなかったことです。

でも珍しく劇場でお友達に会ったりしてとっても楽しかった。ハッピーな出会いがいっぱいあって、しあわせだった!

総括すると、かわいい衣装がたくさんで、下級生がかわいくて、主演の歌が上手で、好きな女の子が最高で、楽しかったです。

長々とお付き合いありがとうございました。未来の自分が見てウワ…ってなって消すのが目に見えます。